うちゅうひこうしと総士のうた
「なぁ、総士。もしもこの島が普通の島で、俺たちも普通の中学生だったら・・・総士は何になりたいと思う?」
「え・・・」
突然の一騎の質問に、総士は間の抜けた返事をしてしまった。
ファフナーの訓練後、二人は海岸にいた。
会話をするわけでもなく、ただ二人でそこにいて、暗くなった空と海を静かに見ていた。
そんな中で一騎の発した問いかけは、タイミングも内容も本当に突然の事だった。
「それは、『将来の夢』ということか?」
「ん・・・」
「・・・何かあったのか?一騎。突然そんな質問・・・」
総士は穏やかな声色で一騎に尋ねる。何かあるなら話してくれと、そんな感じがした。
その声につられて横を向けば、月明かりに照らされた綺麗な顔と優しい視線が自分に向けられていて。
「い、いやっ、なんでもないんだ」
そう言いながら、目線があっちゃこっちゃいくのを必死で押さえこんだ。
今が暗い夜で本当によかったと一騎は思った。
頬が熱い。
きっと今の自分の顔は真っ赤になっているだろうから・・・。
ばっちりと目があっただけでこんなにも心臓がばくばくいうなんて・・・こんなの気つ”かれたら恥ずかしすぎる・・・。
どこかしゅんとしてしまった一騎を横目で見て、総士は懐かしむかのように目を閉じて言った。
「そうだな・・・。もし自分が普通の生活をしていたら、やっぱり一騎と一緒にいて、遊んだり、ちゃんと勉強もしたり・・・東京に行って女の子をナンパしたりしてな」
楽しそうに総士は笑った。
「総士・・・お前そんなキャラだったか?」
「言ってみただけだ。でも僕とお前なら結構いい線いくと思わないか?」
「んー・・・?」
自分はよくわからないけど、総士ならいけるかもな・・・なんとなくそう思った。
「それが総士の夢?」
「ああ、普通すぎるか?」
「いや・・・俺も今の聞いて叶ったら嬉しいなって思ったから・・・」
「ナンパがか?」
ニヤニヤして一騎の顔を覗き込んだ。
「ふぇ!?ち、違っ!」
「あはは、冗談だよ」
「・・・総士ぃ」
なんだか今日は総士のペースに乗せられてる気がする。
「あ、でも叶うだろ?残りの夢は。 ・・・俺が・・いるんだから」
「一騎・・・」
「ちゃんといるだろ?お前の傍に」
今度は総士の目を見て言う。これは確かなことだから・・・自信を持って言えた。
総士にもそれが伝わったらしい。
「・・・そうだな」
嬉しそうな総士の表情がちらりと見えた気がした。
「それで、お前の夢は何なんだ?」
「俺か?」
「僕に聞いておいて、ないとかはなしだぞ」
「あ、あるよ・・・でも笑うかもな」
「笑われるような夢なのか?」
「そうじゃないけど・・・」
一騎はためらいながら、ゆっくりと口を開いた。
「ぅ・・・宇宙飛行士」
「は?」
「・・・だ、から・・・宇宙飛行士になるって子供の頃思ってたんだ」
恥ずかしそうに、けれどキラキラとした瞳で口にする夢。
幼い頃からの憧れが垣間見えた。
「やっぱ、俺が言うとヘン?」
総士の目は点になっていた。
「あ、いや・・・驚いた。まさかお前から宇宙飛行士が出てくるなんて思わなかった」
「ん・・・」
「そうか、宇宙飛行士か。宇宙的規模の大きな夢だな」
自分の夢とは大違いだ、とくすくすと笑った。
「なんか今考えると大きすぎたな」
一騎はおかしそうに言い、満天の星空を見上げた。どこか寂しげに、叶うはずもないこの世界を見透かすような眼差しで・・・。
それを見た総士もまた、星空へと視線を投げる。
「なぜ宇宙飛行士になろうと思ったんだ?」
空気にとけ入りそうな総士の声―・・・
そっと目を閉じ、心地よいその声をずっと聞いていたい。だから・・・
言おう、と一騎は瞳を開けた。
「宇宙なら、誰もいないと思ったから・・・」
「・・・・」
「俺のこと誰も知らない世界へ・・・宇宙まで飛んでいきたかった」
「・・・一騎・・・」
胸に響く事実。
それは、あの日の出来事のせいだと総士は悟る。
僕に傷を負わせた事への罪悪感から、僕が・・・一騎の夢を『宇宙飛行士』にした―・・・?
目の前に広がる無数の星の瞬きが、総士の目に悲しく映る。
遠い遠い空の彼方まで、一騎は行こうとしていたのか・・・・・・
「かず・・き・・・」
「ごめん、総士・・・でも、聞いてほしかったんだ。今の、俺の夢を」
「今の・・・夢?」
ああ、と力強く頷く。
「本当は、今でも宇宙飛行士になりたいと思ってる」
「・・・そうか」
「でも、今はなりたい理由が変わったんだ。宇宙に行ったらまずは空の蒼さを見て、時間の果てしなさを感じて、地球の遠さを知って」
「そうか・・・」
自分の夢を語るのは初めてのことでうまく言えているのかわからなかったけど、総士は微笑んでくれた。
ちゃんと、受け止めてくれたのだと思った。
だから、素直に言える・・・聞き逃さないで・・・
「・・・お前と一緒に」
「一騎・・・」
「宇宙の永遠を生きるなら、総士と一緒がいい・・・」
言ってしまった・・・。
これはプロポーズに近いのではないか、と自分の台詞に恥ずかしさが込み上げてくる。
同じ性別を持つ自分たちにとって、これはただの我儘なのかもしれない。
命を生み出すことも、与えることもできない・・・本当の二人だけの永遠を望んでしまうから・・・
けれど、願ってしまう。ずっと、ずっと・・・総士と一緒にいたい・・・。
波の音だけが聞こえた。
他愛もない夢の話の答えは・・・期待せずに。
「なんてな。待っててくれるだけでもいいから・・・」
へらっと笑って見せれば、総士が抱きしめてきた。
ふわっと総士の柔らかい髪が頬にかかり、少しだけくすぐったかった。
「総士・・・」
ぎゅっと、力が込められた。
それだけで何も言わない総士。もしかして・・・泣いてるのか?
「総士?」
「あいにく、僕は宇宙飛行士の帰りをじっと待っているほど気長じゃないからな」
少し掠れた声で耳元で囁かれた。
それって・・・
「そぉ・・・っ」
聞きたかったのに唇を塞がれてしまった。
「ん・・・」
海の風で冷え切った体に降る温かさ・・・
柔らかい唇はそれだけでも一騎の思考を鈍らせる。
深くなる口つ”け―・・・だんだんと熱を帯びる自分の身体にどうしていいのか困った。
このまますべてを委ねたいけど、ここは外だから・・・
「そぉ・・し・・・」
止まない鼓動を抑え、軽く総士との距離を置いた。
熱を残す潤んだ瞳は、月の光に反射して一層輝かせた。
総士の瞳も、いつも以上に綺麗だった。
「一騎・・・」
あの日。総士を傷つけてしまった日から、俺の願いはただ一つだけだった。
いなくなりたい・・・・
この島から。この、世界から・・・。誰もいない場所へ―・・・。
テレビで見たスペースシャトルの打ち上げのニュース。
地上と宇宙を繋いだ映像からは、ただ永遠に広がる星々と青い地球の姿・・・
ここしかないと思った。
自分のいるべき場所は、宇宙だ。
夢は『宇宙飛行士』―。
でも、崩れ去った。
現実は厳しく、そんな夢なんかいつの間にか忘れ去っていた。
『夢』という言葉さえ、空しく聞こえた。
でも・・・違ったんだ。
夢はあったんだ。いつだって・・・
本当はずっとずっと昔からあったのに気つ”かなかった、本当の夢があった。
求めてもいいんだって―・・・。
それを知った瞬間、俺の夢はやっぱり宇宙飛行士になった。
やっと気つ”いた夢と、今までの夢を合わせた『宇宙飛行士』―・・・。
「叶うといいな・・・」
「大丈夫だ、きっと・・・」
僕たち二人なら飛べるさ―・・・
飛びたい。二人で・・・。
宇宙にだって。未来にだって。
「ありがとう・・・」
変わらないものがある。
もしもの話でも、今この瞬間でも―・・・お前の傍にいたい・・・
ただひとつの願いだけ
流れ星がひとつ 静かに落ちた―・・・
・・・END・・・
坂本真綾さんの「うちゅうひこうしのうた」を聞いて浮かんだこのお話。
「空の青さ(重さ) 時間の果てしなさ 地球の遠さ」は、歌からお借りしました。
教育テレビの「みんなのうた」で聞いて一目惚れしたのですv
あ、ちなみに一騎が宇宙飛行士になりたいのかなんて・・・そんなワケはないと思うのですが・・・(汗)
無理矢理宇宙飛行士になってもらって、総士と一緒に遠い遠い銀河の彼方まで飛んで行ってくれたらいいな、と思います(え―!!?)
読んでくださりありがとうございましたv
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